おぢやの伝説

おいよ

むかしのお話です。
千田村坪野の農家、作左エ門に、おいよという孫娘がいました。おいよが13歳の年のこと、ある日、いつものようにじいさんと、鍬をかついで野良仕事に出かけました。途中、小藪の中から一匹の蛇が現れて、おいよに近づいてきました。作左エ門が何気なくその蛇にいたずらをすると、蛇は怒って二人に向かってきましたが、たちまちその場に叩きつけられてしまいました。作左エ門は悪いことをしたと思ったのか、
「おいよが大きくなったら、嫁にくれてやるから、祟るんでねえぞ。」
と冗談を言って笑いながら畑に向かいました。
 年は移り、おいよが16になったある日のこと、野良仕事をおえて作左エ門が家に帰る夕暮れ、いつか蛇を殺した小藪のところにさしかかると、木の香も新しい五升樽が置いてあり、持ってみると上等な酒がいっぱい入っていました。酒好きの作左エ門は、それを家に持ち帰り、結局全部飲みつくしてしまいました。それは蛇のよこした結納の酒だったのです。
  そのころ、釜ケ島に光徳寺という寺があり、多屋講と称する寺の行事には、近郷近在の老若男女が、着飾って参詣しました。おいよの家は、この釜ケ島に三伍エ門という親類があったので、おいよも父親について多屋講に行くこととなりました。当時、釜ケ島に行くには、橋のない焼田川という大きな川を、渡し舟で行かなければなりませんでした。
 その日、おいよをはじめ着飾った人々は続々と舟に乗り込み、やがて舟が川の真ん中に来たと思われる頃、どうしたことか舟がそのまま動かなくなってしまいました。人々はみな不思議に思い、青くなって騒ぎ出そうとしたとき、一人の老人が立ち上がりました。
「みなさん、静かにして下さい。昔からこの焼田の渕は郡殿の池の窓だと聞いています。これはきっと、この舟の中に池の主に見込まれた人がいるに違いありません。このままでいたら、舟が沈んでしまいます。早く見込まれた人を見つけないと大変です。それには皆さんの持ち物を何でもよいから川に流して下さい。流れずに沈んだ物の持ち主が、見込まれた人です。」
というので、一同の者はみな思い思いの持ち物を川に投げ入れました。するとおいよの投げ込んだ手拭だけが、みるみる川底に引き込まれるように沈んでしまったのです。
 おいよが大勢の人を助けるために川に飛び込みますと、不思議にも舟はすべるように動き出しました。このことはすぐに坪野の作左エ門に知らされました。爺さんはとるものもとりあえず渡し場に駆けつけ、狂気のごとく、
「おいよ!おいよ!」
と叫ぶと、今まで静かであった付近に、突如として暴風雨が吹き起こり、川面をさいてスックと立ち上がったものを見れば、十二本の角を生やし、口からは火炎を吹き出した、見るも恐ろしい大蛇がおいよを抱いて現れました。作左エ門は、前に殺した蛇のことを思い出しました。
 それ以来、雨の降らない時、坪野の人が郡殿の池に行って雨乞いをすると、必ず雨が降ると言います。そして今、郡殿の池の傍らにおいよの碑が建てられています。

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