おぢやの伝説

中町の猫

むかしのお話です。
 本町の中町お茶店(中町茂作氏)の家は、上杉景勝から頚城郡での戦いで戦功を賞された、阿部六助を先祖とし、現在の本町三丁目田村電機店から証光院の近くまでの大屋敷を構えた、大分限者でありました。町の中央にいたから「中町」と呼ばれ、それが姓になったのです。この家に伝わる猫のお話です。
 中町家の何代目の頃でしょうか。長く住みついた一匹の老猫がいました。その名前は判りませんが、ほとんど家族の一員みたいな飼われかたをしていました。ある日この猫が台所で、魚を取ったところを見つかって、女中にひどく叱られました。その日中町の主人清兵衛が、下タ町の五智院様の脇を通ったところ、たくさんの猫が集まって何か話し合っているようでした。清兵衛が物かげで聞き耳をたてているとも知らず、親方株の中町の猫が昼間のことを話しています。
 「たかが魚の一匹や二匹ですごく叱られた。どうしてもしかえしをしてやらなければならない。今晩魚汁の大鍋に、カナギッチョ(とかげ)を入れてやるぞ。」
 と、あくたれをついていました。
 清兵衛は家に帰って、何気なしをよそおって注意していると、囲炉裏の周囲を猫がぐるぐるまわりはじめ、やがてコトンと音がしました。清兵衛が、
 「今日のおつゆは、みんなあけてくれや」
といいつけました。
 それっきり猫は姿を消したのでした。
 それから十数年の歳月が流れました。中町の猫は野良猫になって上田郷(現在の南魚沼郡)を放浪していました。死人を躍らせたり、葬式を荒らしたり、悪事のしたい放題をしていました。そのあげくのはて、雲洞庵に住み着き、大変可愛がられていました。
 その頃、このお寺は檀家も少なく、貧乏で、雨が漏り軒が傾くというさびれようでありました。そこで猫は親切な和尚さまにひとつ秘策を教えました。
 ある時、立派な葬式がよそのお寺の住職の手で行われ、これから引導が渡されようとしている時、空がにわかにかき曇り、雷をともなった雨が激しくなりました。そして棺桶がたちまち宙吊りに引き上げられました。会葬者がアレヨアレヨと逃げまどう中を、雲洞庵の和尚が一人で悠々と乗りこんで来て、数珠を押しもみ、お経をとなえはじめました。はるかかなたで、どうなることかとかたずをのむ群衆の前で、和尚が空に向かって大声一番「ナムカラタンノウトラヤヤ、ナムボリヨキチ・・・・・・・・」ととなえると、不思議や棺桶は元の位置にもどり、さしもの雷雨もあがってしまいました。以来、雲洞庵の声望は高まり、檀家になる者は引きも切らず、今日の隆盛になったということです。

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