おぢやの伝説

川岸町の洞穴

むかしのお話です。

蓮華谷として栄えた川岸町は、その後信濃川の船着場としてさらに栄えました。そして江戸時代には佐渡から江戸へ金を運ぶ宿場としてさらに賑わったのであります。

その頃、風のようにきて大尽遊びをやり、風のように去っていく白髪で上品な老人がおりました。ひとは誰いうともなく「風大尽」と呼んでいましたが、どこの何者であるかは知りませんでした。しかしそのうちに、今の五智院の付近に豪華な家を建て、常には下僕一人をおいて暮らしました。

佐渡の金を送る行列は厳重な警護がつき、小千谷泊まりの夜などは町中が監視の目を感ずるほどでしたが、それでもこの行列をおそう野盗どもが目をひからせていました。

今夜も風大尽は町に現われ、料亭で飲んでいましたが、一緒にいる者が雲をつく大男、髭むじゃの男、片目の男、刀きずの男など、姿は町人ですが顔や体格は武士でした。この奇妙な酒盛りがすすむと、一同はそろって風大尽の豪荘な家に入っていきました。不思議なことには、誰一人出ていった姿を見た者もないのに、翌日の家の中には風大尽の温和な姿が一人だけで、ヒッソリ静まっていました。ところが一カ月たつとまた例の奇妙な男たちが町に現れ、酒を飲み騒いで、翌日になると消えるのでした。そのうちに妙なうわさが町にかわされるようになりました。

「誰かがどこかで横穴をほっている。夜中に湯殿川に土を捨てるのだ。」

「その横穴のところが、どうも風大尽の邸の中らしい・・・・・。」

「そういえば、あのおっかない男たちは穴ほりの者たちだ。だから出ていった姿も、入った姿も見せないで、家の中にいたりいなかったりするのだ。」

事実そうでした。風大尽とはこの世をはばかる名で、彼は佐渡の金を専門にねらう黒姫の鬼源太という大盗賊でした。諸国の浪人を集め、莫大な金を盗んでそれを洞穴にかくすため、五智院付近から穴をほり出し、慎知のハバに向けてほったのでした。

このうわさは次第にひろがり、こわいものみたさに土地の若者三人が、真上にあたる天竺からタテ穴をほり出し横穴をほりあて、中に入ってはみたが、盗賊の荒くれどもに追われ無惨にも首をはねられたそうです。この穴は現在でもあり、中は迷路になっていて、迷ったら外に出られないといわれています。

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