むかしのお話です。
池ケ原と芋坂のあいだの峠に一軒の茶屋がありました。茶屋はおゆきという美しい娘と父親の二人できりもりしていましたが、妻有街道をひかえたこの峠の茶屋はたいそう繁盛しておりました。そして父親はおゆきを眼の中に入れてもいたくないほどかわいがっておりました。おゆきはしあわせ者でした。そして二人は一見平和そのものでした。
しかし、そんな父親でしたが、一方では峠を通る金持ちらしい旅人を見ると、途中の林の中で待ちぶせしていて、刀で斬りつけて殺し、金や持物をうばっていた山族だったのです。けれどのこれは父親だけの秘密で、おゆきはまったくそれを知りませんでした。
だがそれも長くは続きませんでした。ある時、いつもと違って早めにお客がとだえてしまいました。父親もいつの間にか見えません。おゆきは時間をもてあまして父親をさがしにいきました。するとどうでしょう。父親はいつものように山賊をしていました。おゆきは驚ろきようは、それは大変なものでした。そして大層かなしみました。
当然おゆきは父親に涙ながらにうったえました。
「おとうさん、もうあんなこわくて悪いことはやめて下さい。」
何度も何度もたのみました。しかし父親は聞き入れてくれません。おゆきは悩みました。そしてある決心をしたのです。
おゆきは旅人のしたくに身をかためて、夕暮れごろ峠の道を登っていきました。父親はそれをみて「小柄だが、金持ちらしい旅人が登ってくるわい。よいカモがきたわい」と考え、いつもの所で待ちぶせし、一刀のもとに斬りつけました。そしてかむっていた笠をとってみると、何とその正体はおゆきだったのです。
父親は驚きと悲しみは大変でした。そして今までの自分を反省しました。深く後悔した父親は頭をそり、僧侶となり、おゆきをはじめ、自分が手にかけた旅人のめい福を祈って一生をすごしたということです。それ以来、この峠をゆき峠というようになったといわれています。
むかしのお話です。
ある徳の高い僧侶が峠をお通りになったそうです。頂上にお立ちになり、あまりのよい景色にみとれ「よき峠である」といいました。それからこの峠を「よき峠」。それがなまって「雪峠」というようになったそうです。